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上大池・豆沢
豆沢のじじばば
まめさわのじじばば
長野県地域発
元気づくり支援金活用事業
道祖神の由来
1 道祖神(どうそじん)とは
村内と村外の境界や集落の中心部などの道の辻に、おもに石碑や石像の形でお祀りされている神様で、悪疫の侵入を防ぐ守り神、子孫繁栄、旅の平安や安全などの神として全国各地で信仰されています。
2 道祖神の名称と歴史
奈良時代から「道祖」という語がありますが「ふなど」・「くなど」と読まれ、人名や地名の一部です。平安時代では「道祖」「道祖神」は「さいのかみ」「さへのかみ」と呼ばれていました。「どうそじん」と読まれ始めた確かな例は鎌倉時代前期(西暦1200年代前半)です。江戸時代前半の俳句芭蕉の『奥の細道』の序文に「道祖神」が登場し、これは「どうそじん」と読まれています。上記の「くなど」など古来からの土地の神に、中国から伝来した「道祖」の文字をあてたのが道祖神の初源でしょう。
道祖神の古い形を探ると、平安時代後期の絵巻に丸石と木製の祠が祀られている様子が描かれています。また同じころの物語では、木像で男女の形(性器?)が並びまつられていたことが語られています。
現在みられる道祖神は、石像や石碑などほとんどが江戸時代以降のものです。建立の年号が刻まれた双体像で最も古いのは江戸時代前期1600年代のものが神奈川県や群馬県に分布します。長野県内では、確実なところとして石祠の道祖神が江戸時代の寛永年間(1624~1644)、双体像は元禄年間(1688~1704)が最古とみられます。古い時代の双体像は、合掌姿で男女の区別がつきにくく僧形に見えるもので、握手などの表現が1700年代以降に始まり、その後は祝言像などに多様化します。双体像の建立が多くなるのは寛政年間(1789~1801)以降で、文字碑もこのころから建立されるようになります。
3 道祖神の形と種類
現代に残る道祖神は、主に石造りで、石像(像碑)や石碑、石祠、自然石や加工した玉石・陰陽石などいろいろな形があり、元々は姿や形に決まったものはなかったと考えられます。石像には男女を彫った双体像が多く、まれに単体増なども見られます。双体像には多くの型があり、合掌、握手、抱肩、祝言(酒器を持つ)、抱擁、接吻など多様な姿が描写されています。石碑は「道祖神」という文字が彫り込まれた文字碑がほとんどです。
江戸時代の城下町など都市部と郊外では、木造の道祖神が屋内で管理され祀られている事例もあり、男女の双体像や陽根などの木像、版木、木札が見られます。
4 石像道祖神の分布
道祖神やそれに類する石像・石碑などは全国に広がっています。その中で石像の双体道祖神は中部・関東地方の長野県・山梨県・群馬県・静岡県・神奈川県に多く分布しています。長野県内は双体像と文字碑が主体で分布しますが、諏訪地方や東信には石祠型も見られます。
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上大池・豆沢
豆沢のじじばば
まめさわのじじばば
衣冠束帯、十二単衣の公家風の衣装をまとった老双体像です。お互いの肩に手をかけ合いながら握手をしています。この道祖神は他の道祖神と違う点がいくつか見られます。 多くの道祖神は女神が男神の手を握っているのに、この双神は男神が女神の親指を握っていることです。また男神の体が女神の方に傾き、女神は押された様に後ろに体を傾け、男神がやや積極的な道祖神です。また、女神は他の道祖神には見られない変わった模様の角かくし風の冠り物を頭に載せていることです。 とても近代的なムードを漂わせており、大変ユニークで楽しさを感じさせる道祖神です。
詳細2
上大池・豆沢
筒井筒上大池
つついづつかみおいけ
双体像は公家スタイルで、男神は折烏帽子をつけており、互いに肩に手をかけ、女神が男神の手を握って体を添い寄せています。双体像に雨や雪がかからない様にするための、ひさしの様な出っぱりのある石の選定や彫刻技法や造立年等からみて、下大池橋爪東・小坂本殿上・中大池上手東と同一石工の作と思われます。しかし、一部に違った手法が見られます。まず双神が握手のために出しあっている袖くくりのひもが大きく垂れていること。女神が極端に右に顔を傾けていること。女神の垂髪がつんと上にあがっていることです。これは顔を前にうつ向いたために髪が動いた瞬間のようにもとれます。彫り、形とも立派な双体像です。美しい顔の女神の左まぶたの上部が欠損しているのは残念です。豆沢集会所の横に並ぶ4基の石仏は、昭和23年頃各辻にあった碑をこの場所
詳細3
上大池・青木沢北
袖中祝言
そでなかしゅうげん
衣冠束帯の男神は、なみなみと注いでもたった盃を左手にもって立ち、十二単衣の女神は右手に提子を持ち跪いている祝言像です。容貌・着付け等から見て村の長老の印象を受けます。顔には余裕のある笑みを浮かべており、二人は媒酌人でしょうか。この双神に村のまとめ役を祈願したのでしょうか。白くて薄い髪の長老の右腕は女神の左の袖の中に入れ、女神の左腕は男神の袖の中にと、お互いに奥深く差し入れて情熱的な様が面白い道祖神です。衣装は襟も袖も裾も格式ばっていますが、線がとても写実的であり繊細に美しく彫られています。
詳細4
上大池・中耕地東の辻
大池の頭領
おおいけのとうりょう
当村南部最大の巨石半肉彫りした抱肩握手の道祖神です。重さは推定で1.5トンはあろうかと思われます。この像の大きさや、容姿からも、生活力の強さを感じさせる道祖神です。堂々たる威厳を備え頼もしさが感じられます。華奢な公家風の双体像とは全く違った感じです。男神が狩衣、女神が小袿で、共に括り袴をきりりと着け、足袋を履いている姿は農民の頭領らしい着付けです。当時の種々の困難を逞しく生き抜いた老夫婦を感じさせる道祖神です。ふくらみをもった曲線、整然とした曲線に加えて端正な直線と細部にわたって美しく彫られています。添彫りには「大池上郷」の施主名が見られます。こんな立派な道祖神を造ったのは、当時の村人の経済力が豊かであったのか、信仰心が強かったのか、想像に駆り立てられます。
詳細5
中大池・上手東の辻
筒井筒中大池
つついづつなかおおいけ
公家スタイルの双神像です。男神は折烏帽子、女神は長い垂髪を束ねています。女神の髪が長身の顔に触れ、体と足をぴったりくっつけ、お互いの肩に手をかけ、女神は男神の手をしっかり握っています。村内には「筒井筒」と名付けられた道祖神が4体あります。何れも抱擁握手像でありそれぞれ顔立ちは異なっていますが、上大池・豆沢の項で述べたとおり同一石工の作であると思われます。この双像は他の三碁に比してやや、像身が磨滅しており、女神の外袖の一部が剥げて欠けているのが残念です。双神像に寄り添うように祀られている子宝地蔵が微笑しく感じられます。添彫りの「中耕地組」という施主名がありますが、この辺りを中耕地と言った時代があったそうです。道祖神の脇に立つ御柱祭の時には、今でも古老の中では中耕地と言う人がおります。昔は中大池公民館(現第二公民館)の庭にありましたが、三九郎の時に火事の危険があり、65年ほど前に現在地に移されたとのことです。
詳細6
中大池・下村(中大池公民館)
十二単衣
じゅうにひとえ
男神は冠のひもをきちんと顎の下で結び、女神は十二単衣をきちんと重ねて着て、垂髪を自分の右後へ束ねて綺麗に垂らしています。顔はお互いに斜め内側を向いて立っています。幾分腰をかがめているのか背は低く、お互いの手は浅く肩を抱きあっています。女神が男神の親指を握り、男神は親指以外の4本の指を握っています。いくぶんすまし顔ですが仲睦まじさが滲み出ています。双神の袖口の衣服の重ね着はとても美しく、特に衣装が整然として端正です。材石を円形に丁寧に細かく彫り込み双体像を浮き上がらせており、立体感のある素晴らしい道祖神です。この場所は昭和40年代まで灌漑用の池があり、その土手下(小坂・東殿との境)に祀られておりましたが、中大池公民館建設の為埋め立てられ、現在の場所に僅かに移されたそうです。
詳細7
小坂・山口の辻
山口の丸髷
やまぐちのまるまげ
碑面は大変摩耗していて細部ははっきりしません。男神は長袴をはいて前髪を垂らし、女神は丸髭を結って振袖を着ています。幼馴染の恋人同士でしょうか。かわいらしさのただよっている道祖神です。二人の手はとても大きく、相手の肩深く迄抱きあっています。男神の右足と女神の左足は、もう少しで交差しそうで、胸も腰もぴったりつけています。顔も正面を向かずに見つめ合っています。とても情熱的です。この地には道祖神が無く、どこかから盗もうと話し合い、隣の朝日村古見の芦之窪の住人に頼み込み、寛政七年(1795年)に盗むと言う名目で嫁入りすることになり、屈強な男2,3人で道祖神を背負い乗越(古見から上大池豆沢に通じる古道)を越えてお運びしたと言うことです。このときの状況を記した古文章が朝日村に残っているそうです。また、この説を裏付けるものとして朝日村古見芦の窪のバス停の際にある道祖神の裏面に記載されています。現存する記念銘の正徳五年は山形村では最古の道祖神であります。
詳細8
小坂・大日堂辻
つつましき女神
つつましきめがみ
碑身いっぱいに男神は狩衣、女神は十二単衣姿の双体像が彫られております。「大池の頭領」と比べ少し小振りですが、堂々とした姿、衣装の線の彫りの美しさなど、大胆な構図です。衣装、容貌、造立年等から同一石工の作とも考えられます。「大池の頭領」との違いは、とても柔和な顔立ちであり、袴の紐が1本で結ばれ垂直に垂れ下がっていることです。村内道祖神の中で唯一、男神が女神の5本の指を握っていることです。男神が女神より積極的である事から「つつましき女神」と名づけられております。場所は、清水古道の入口に位置し、平成19年10月に山形村史談会により建立された「右清水道」の碑の奥に祭られています。
詳細9
小坂・日向
素足の道祖神
すあしのどうそじん
双神は大きな碑身の割合に中区が小さく、向かって左寄りに彫られています。衣装は共に公家風ですが、なりふり構わない格好で他の道祖神に比べ華麗さや優雅さに欠けています。頬をすり寄せ肩を組み、手に手を取り合って裸足で走ってきたような感じです。満面の笑顔で頑丈な骨格、若さいっぱいで逞しく、他の道祖神にくらべ唯一自由闊達さが表現されています。裸足の指の先まで刻まれているところなどとてもユニークです。
詳細10
小坂・本殿上
筒井筒小坂
つついづつおさか
珍しい双棟の中区に半肉彫りで刻まれています。男神は衣冠束帯の姿で太い表袴をつけて浅沓をはいています。女神は桂袴で、垂髪を真後ろに垂らし、冠を戴いた美装で、平安朝のみやびやかな宮廷生活を思わせます。他の筒井筒との違いは、衣装の細部を省略して抽象化しているのが特徴です。お互い体を寄り添い、内側の手を相手の肩に深くかけて抱き、外側の手を握り合っています。そのため、双神の体の前の部分は衣の大袖2つが垂れて隠れてしまっています。女神に手を握られた男神は嬉しさをかくしきれずに少しうつむき加減になり、女神も恥ずかしそうにすっかり下を向いています。いかにも初々しい表情の若い道祖神です。道祖神の左側には神々を見守るように1本の御柱が建てられております。芦田英一著「道祖の神々」の表紙カバー写真になった際、初々しい2人を幼なじみと見立てて「筒井筒」と名付けられたそうです。
詳細11
小坂・堂村上辻
まぼろしの双像
まぼろしのそうぞう
分厚い碑身の向かって右側に道祖神が彫られております。石質が軟らかい為と彫りが浅いこともあり風化が進み、双像の輪郭がすっかりぼやけてしまい、男女の区別がつかないのが残念です。いかにもまぼろしの双像です。向きあった双神は手を繋ぎ、向かって右側の神は体全体が逞しく感ぜられ、左側の神はしなやかな腰をしており、その姿は美しく、肩から腰、裾に至る線は優雅で浮世絵を思わせる様です。当時の庶民の生活を想い浮かべさせ、暖かい感じが伝わってきます。双像の立っている台の下に深く彫られた窪みがありますが、この神様が好きなあんころ餅を窪みに押し込んで供えたと言われています。基壇には庚申塔2体が共に安置されています。
詳細12
小坂・下北沖
酒樽
さかだる
跪座祝言像です。男神は左手で盃を水平に持ち、女神は右手に提子を下げています。そして、男神の右手と女神の左手は二人の袖の内で握られています。この道祖神の特徴は双像の立つ台座に大きな酒樽が添彫りされ、竹のタガが掛けられています。古来から日本酒は日本独特の飲料として、冠婚葬祭・喜怒哀楽、悲しいにつけ、楽しいにつけ日本人には欠かすことのできないものです。男神は衣冠束帯、女神は十二単衣の出でたち、盃を交わし堅い契りを結んだ見事な男女の像です。安曇野系の道祖神は酒器類の添彫りが多いと言われており、最初にこの型が村に入ったのは弘化2年の車屋美人であり、次いで酒樽、袖中祝言です。もう一つの特徴は、向かって左側面に大正12年10月改刻とあります。この道祖神をよく見ると全体が陽石の形をしています。これを強調する為に?後世の何人かが手を加えたものと考えられます。
詳細13
小坂・中原町(六部塚)
小人のささやき
こびとのささやき
この道祖神も向かって左側が男神であることから仏教系と思われます。男神が女神の肩を引き寄せ、女神が法衣の裾を広げており、小さな双神が向かい合って何かささやいている様にも見えます。この道祖神は碑身の大きさに比べて像が小柄であり、頭の上の部分がとても広いところから、何らかの文字が刻まれてあったと思われますが、かなりの古い年月を経て消えてしまったのか、あるいは何らかの理由で消されてしまったのでしょうか。この余白部分と小さい像とのコントラストが印象的です。この道祖神は、昭和10年に中原常会が出来たときに、小坂・野瀬原の石仏群の中から貰って来たと言われており、そうとう古いものと思われます。芦田英一著「道祖の神々」に紹介された際にこの名がつけられました。
詳細14
下大池・橋爪東(下大池公民館前)
筒井筒下大池
つついづつしもおおいけ
この道祖神には全く田舎の土臭さがありません。内裏雛が立ち上がった様な道祖神です。つぶらな瞳で鼻筋の通った優雅な顔立ちであり、公家の衣冠束帯姿は気品があふれていて美しく、寄り添った双神は内側の手を相手の肩にかけています。男神の指は女神の肩の上に少し見える位かけているのに対して、女神の指は男神の肩に奥深くかけられているので、しっかり見えます。お互いの手で握手していますが、女神が男神の手をしっかり握っています。この女神は若くて美しくて積極的であり、冠がじゃまになるくらい顔は髪と髪がピッタリとふれ合っています。頬をくっつけた顔はあどけなさが残り恥ずかしいのか幾分伏せぎみ、初々しい二人の顔が浮かびます。高遠石工の年期をつんだ職人の超一級の作であり、その苦心と鍛錬された技術が見る人の心に感銘を与えてくれます。「筒井筒小坂」と、手法、構図、ムードが近似しており同一石工の作と思われます。この拓本がフランス、カナダ、アメリカにも渡り国内外でも高く評価されています。山形村や信州はもちろん日本を代表する道祖神と言えるでしょう。
詳細16
上竹田・建部神社
童唄
わらべうた
素朴で仲のいい幼い子供2人が同じような綿帽子風の物をかぶり、着物を着て手をつなぎ合って道端に立っている様な情景が浮かんできます。慎ましくほのぼのとした感じの道祖神です。男神は両足をふんばって立ち、左手はお腹のあたりにあてています。陽の光が眩しいのか目をふさいでいます。女神は右手を下に垂らし掌を正面に向けています。子供を守るために造られた道祖神なのでしょうか。他の道祖神と違い、いかにも子供らしさを感じさせる、珍しく変わった道祖神です。この道祖神は、波田村の若沢寺に祀られていましたが、明治初年の廃仏毀釈により同村の盛泉寺に移され、同寺から上竹田・中耕地の山中松二(力士・岩の松)が友達と力比べで担いで、竹田の氏神様境内へ持ち込んだと言われております。因みに道祖神の重さは65kgあるそうです。
詳細17
上竹田・建部神社
路傍の情熱(二)
ろぼうのじょうねつ
下竹田中通りの「路傍の情熱」と同じ構図であり、像の下には蓮の花の添え彫りがしてあることから仏教系の道祖神です。男神が女神の肩をぐっと引き寄せ、女神は法衣の裾を広げて、男神の情熱がぐっと迫ってくるような姿態でありながら、双神は互いに頬をすり寄せて正面をじっと見ています。何となく落ち着いた雰囲気を漂わせています。こちらを向いている目は何かを訴えているのでしょうか。昔は疱瘡神としての信仰も厚く、幼児が疱瘡にかかればウツギの赤い幹を切り、金一封とお神酒を供えて、軽く済むように祈願したと伝えられています。
詳細18
下竹田・中通り四つ角
路傍の情熱(一)
ろぼうのじょうねつ
珍しく、男神が向かって左側、女神が右側です。右側が(つまり向かって左側)主座を占めるのが仏教系の特徴です。加えて蓮の花が添い彫りされていることから明らかに仏教系道祖神です。仏教系の道祖神は村内には他に二体(小人のささやき、路傍の情熱の二)見受けられます。蓮の上の極楽浄土で何百年も昔から、これからも永遠に好いて好かれた双神が愛し合っている幸せな道祖神でしょうか。男神は女神の肩をぐっと抱き寄せた上、右足を法衣の裾を広げて待つ女神の両足の間に差し入れ、両神共、情熱のほとばしらんばかりの姿態です。足の指もあらわな裸足の道祖神です。
詳細19
下竹田・北村
四良右門兼氏
しろうえもんかねうじ
円輪型中区の脇に「本州高遠住石工四良右門兼氏作」と石工の名前が刻まれております。これは大変珍しく、松本平では高遠の石工名が明記されている像は4基しかないと言われており、学術上貴重なものです。男神は烏帽子に狩衣装束、両足をやや開いて正面を向いて立ち、女神は十二単衣をまとい両足を揃えて正面を向いて立っています。お互いに手を相手の肩にかけ握手をしていますが、握りあった手がやや不自然で複雑な形です。特徴は顔立ちにあり、男神は若くて太い眉毛と大きい目。耳たぶは肩につきそうであり、堂々たる武人を思わせる顔つきです。女神は更に若々しく、ふくよかで軟らかそうな頬やあご、愛想のいい目もとには笑みを含み、豊かな黒髪は艶やかで香りがただよいそうです。清純快活で情感細やかな感じの姫君であり、現代の美人にも通ずる顔立ちです。大池の頭領に劣らない巨岩に彫られた堂々とした道祖神です。
詳細20
下竹田・唐沢(上水道配水池横)
車屋美人
くるまやびじん
男神は烏帽子をつけ神官衣装で横向きに立ち、女神は十二単衣でひざまずきながら男神をじっと見つめています。男神は女神を引き起こそうとしているかのように右手を伸ばし手を握っています。女神は立ち膝になって酌をするために提子を持ち上げようとしています。男神はいかにも若くて凛々しく、女神の横向きのポーズは初々しく美しい裾さばきと黒髪はたおやかで、髪型にも優雅さとあでやかさを感じさせます。清楚で惚々する様な祝言像であり、巧みな彫刻像といえます。この地は清冽な唐沢川に添って清水寺に向かう丘陵地にあり、川の水は昔から生活用水として、また精米・製粉用として水車を使っていました。そのような人々が感謝と安泰を願って建立したのでしょうか。美ヶ原高原や鉢伏山を背に松本平を一望できる絶好の景色が道祖神の後ろに広がっています。まるで双神が空に浮かんでいる様です。
詳細21
ミラ・フード館
水色山路
みずいろさんろ
平成2年に村の有志が制作した映画「水色山路」のドラマを記念して造られた双体道祖神。男神は烏帽子に衣冠束帯で女神の手を握っています。女神の髪は桃割れ結いです。
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